闇の中で彼女を撮るタイミングはいつも一度きり。休憩と称してビルの屋上に忍び込む時だけだ。
外に階段が取り付けられたビルを狙って彼女は侵入する。もちろん階段の入り口には胸の高さ程の柵に鍵が掛けられていて例外なく侵入者を拒んでいるのだが、彼女はそれをものともしない。鍵が掛けられている小さな取っ掛かりに足を掛け、ひょひょいと柵を飛び越えるのだ。そしてとととん、と軽やかに階段を駆け上がっていく。まるで猫だ。
カメラを抱え直して僕もそれに続くのだが、これが本当に一苦労で、なるべく音を出さないよう人に気付かれないようビルに侵入することはいつも多大な体力と精神力を消費した。
僕がハァハァと息を切らしながら屋上に辿り着くと、彼女はもう澄まし顔でフェンスに手を掛けて夜景を眺めていた。僕に気付いて視線だけで横目に振り向き、くすりと笑う。
「体力がないのね。相変わらず」
「君が元気過ぎるだけでしょ」
息を整えつつ彼女に近付き、ゆっくりとカメラを構える。ネオンがちらちらと瞬く夜の街を眺めている時、この時だけが闇の中の彼女をカメラに収めるチャンスだった。
夜景を眺める彼女は、先程までとは打って変わってぴくりとも動かない。長い睫毛が揺れることも、口元に微笑みが携えられることもない。まるで何かに取り憑かれられたように、じっ……と街を見下ろし続けるのだ。


