恋を知らない人魚姫。


「うーん……進展って言うほどのことはなかったかなぁ。櫻井くん図書委員なんだけどね、それを手伝っただけで。

それにね、途中で先に帰るように言われちゃったの。一緒に帰れたら……って思ってたんだけど、ダメでした」

舌をペロッと出して、“残念”と苦笑する愛海。

あたしも苦笑に似た笑顔を返しながら、ふたりの間には何もなかったようでホッとする……と、同時に、

昨日の彼の言葉を思い出して、自分の感情に自己嫌悪する。


本当にあたしは、愛海の幸せを願えていない。


「あっ、でも見て!」

何を思い出したのか、愛海は急に声を張り上げた。

少し驚いて目を向ければ、立ち止まって鞄の中を探り始めて。

何だかとても嬉しそうな表情に、

「何……?」

恐る恐る声をかける。

すると、ちょうど探していたものが見つかったみたいで、

「これ!昨日図書室で見つけたの!」

目をキラキラさせながら、あたしの前に差し出してくれたのは、薄い一冊の本。

それは、


「……人魚姫?」


ひらがなで大きく書かれたタイトルに、子供向けの可愛らしいイラスト。

愛海が見せてくれたのは、人魚姫の絵本だった。