恋を知らない人魚姫。



「何であたしが……」

らしくない独り言。
あたしはブツブツ言いながら、櫻井くんに頼まれた本を棚に戻していた。

手伝う義理なんてどこにもない。
そう思ったのに、

『俺、手伝ってあげたよね?』

もういいよって言いたくなるくらいの、笑顔で言われた言葉。

「あたしは手伝ってなんて言ってない!」

彼へぶつける不満の代わりに、本をぎゅっと力を込めて押し込んだ。


あたしがこうして彼を手伝っていること……それは不満だらけだったけど、

素直に従っているのは、あたしも彼に用事があったから。

思いがけない愛海の行動に忘れかけてしまっていたけど、あたしは彼に聞きたいことがあった。

だから逃げずにここに来たのに。


「終わったよ」

本を戻し終えて、カウンターへと近付いたあたしが声をかけると、櫻井くんはパソコンへ向けていた顔を上げた。

「ありがと」

ひとつ返された言葉。
あたしは一瞬キョトンとするけど、忘れるように頭を軽く振った。

お礼なんて言わないでよ。
強制的にやらせたくせに。