恋を知らない人魚姫。


「置いて帰るとか、酷すぎ」

「っ!!」

背後から聞こえた声に、驚いて振り返ると、立っていたのは櫻井くん。

息を切らして、大きく肩を上下させ、走って来たのは一目瞭然。

あたしは、そんな彼の姿から目を逸らすように歩き出すと、券売機で切符を一枚買って、無言のまま改札を通り過ぎた。


あたしが先を歩いて、櫻井くんが後をついてくる。

その光景は、行きとは真逆。

……ついて来ないでよ。

電車が行ったばかりで人気のないホーム。
あたしは空いたベンチに座って、隣に座った櫻井くんを睨んだ。

剥き出しにした、敵意。

あたしと彼の間に、柔らかい空気なんて作りたくなかった。

だけど、彼は睨まれていることを知ってか知らずか、ポケットの中をごそごそとあさっていて。


「はい」

何かを見つけると、あたしにそれを差し出した。