恋を知らない人魚姫。


「あーあ。怒らせちゃった?」

隣に座った櫻井くんが、クスッと笑う。

あたしは無視。


電車に乗ると、掴まれた手はあっさり離されて。

それから、この反応。

付き合っているっていうよりも、からかわれているだけにしか思えない。


自分の感情を、オモチャにされていることに苛立ちながら……でも、少しホッとしていた。


だって、窓の外に目を向ければ、流れていくのは知らない景色。

久しぶりの遠出の相手が櫻井くんで、しかもこれがデートだなんて、思いたくなかったから。

それから……頭の中に浮かんで消えない人。

その人への罪悪感が、優しくされないことにより軽くなる。


これから連れて行かれる先も。
きっと、デートなんて言葉の似合わない場所なんだろうと思ってた。

……なのに。



「え……」

櫻井くんの一歩後ろ。
追いかけるようにして歩いて、辿り着いた場所に目を丸くする。