恋を知らない人魚姫。


だから……ね。

目の前の本棚へと伸びた、櫻井くんの腕。その手に、そっと自分の手を重ねる。

大きくて、温かい。

これが、櫻井くんの本当の姿。
本当はとても優しい人なんだって、今では胸が苦しくなるくらい、分かってしまってる。

だから……。


「ありがとう。あたし……櫻井くんのことが好き……」


言うつもりだったのは、お礼だけ。
なのに一緒に零れ落ちた、別の言葉。

“好き”かどうか分からない……なんて思っていたくせに、考える余裕もなかった。

「すき……好きっ……」

触れた指先から、溢れ出す感情。

それは言葉となって、涙となって、あたしの全部を支配する。

プライドなんてものはもう、何処かへ行ってしまってて。
壊れたおもちゃみたいに、泣きながら繰り返している……と、

「っ……!」

櫻井くんの手が、急にあたしの腕を掴んで、ぐるんと向きを変えた。

軽く本棚にぶつかった背中。
向き合う形になった櫻井くんは、片手であたしの口を塞いで……。