恋を知らない人魚姫。


これなら、ひとりの方が早かった。

もう一度ため息を溢して、返却された本を戻しに行こうと立ち上がる。

その時、

キィ……。

聞こえたのは、ドアの開く音。


慌てて顔を向けたあたしの目に映ったのは、想像を絶する人だった。


……ううん。本当はどこかで予想していたのかもしれない。

だから、それほど動揺してはいないのかもしれない。


「何の用……?」

目の前まで歩いて来た櫻井くんを睨みつけ、あたしはゆっくりと訊ねた。

「用がないと会いに来ちゃダメなわけ?彼氏なのに?」

クスッと馬鹿にするみたいな笑顔が、鼻につく。

たまらなく不愉快で、無視して本を戻しに行こうとする……けど、

櫻井くんはあたしに何かを差し出した。


それは、一冊の本。


「用事。返却に来たんだけど」

櫻井くんの言葉に、ピタッと体が固まる。

「……」

図書委員のあたし。
返却に来たと言われたら、応じないわけにはかない。