恋を知らない人魚姫。


音大という具体的な提案をしてくれたのは、愛海。
でも、自分の好きなことに気付かせてくれたのは、櫻井くん。

だから『ありがとう』って、それが一番伝えたいことなのに、

「愛海も応援してくれるって」

あたしの口から出る言葉は、彼からしたらどうでもいいことばかり。

何で言えないのか、分からない。
櫻井くんにお礼を言うなんて癪だとか、今はそんな風に思っていないのに。

「良かったじゃん。それ、俺も良いと思うよ」

そう言って、ふっと微笑む櫻井くん。

笑顔を見せてくれているのに、何だか胸の奥がモヤモヤする。
抱えた本を握る力が、ぎゅっと強くなる。

何でそんな……“普通”なの。
まるで、何でもないクラスメートとして、接されているみたい。

彼の考えも、気持ちも、全く伝わって来ない。

こんななら、来てくれない方が良かった。櫻井くんがあたしを好きだなんて、やっぱり愛海の勘違い……。



「話って、それだけ?」

変わらない表情で問いかけられた時、

「あの……」

櫻井くんの背後、本棚と本棚の間から、ひとりの女の子が顔を出した。