恋を知らない人魚姫。


カタン……と、教室に響いた音。

頭を押さえつけられていた手は離され、あたしはやっと顔を上げる。

そして、音の聞こえた方を見ると、

さっきまで席に着いていた愛海が、机に両手を付いて立ち上がっていた。


それを見て、クスッと笑ったのは、あたしの頭を押さえつけていたあの子。

「愛、早くおいで! 土下座して謝ってくれるって!」

まるで、これから面白いことが始まると言わんばかりに、手招きして呼ぶ声に、

愛海は黙って従い、歩き出した。


ゆっくりとこっちへ向かってくる。その顔を見れなくて、顔を逸らす。

やだ……来ないで。

床に伸ばした手が、ガタガタ震える。

他の人になら、頭を押さえつけられても、何をされても平気。
明日からもまた、何気ない顔をしてきっと生きていける。

でも、愛海だけは無理。

やだ、やめてっ……!

目の前で止まった、細い足。

どうやったって逃げられない状況に、あたしはぎゅっと目を閉じ、降ってくる言葉や手に身構えた。