恋を知らない人魚姫。


いつだったかあたしが、教室の真ん中で歌っていた曲。

そして、半ば強制的に連れていかれたカラオケで、櫻井くんが一番最初に歌ってくれた曲……。


サビの部分が終わると、映像は違うアーティストの、全く別の曲へと切り替わった。

それなのに、あたしの耳にはまだ、あの曲が残ってる。

繰り返されるメロディ。
それに合わせて思う歌声は、今聞いたばかりの、透明感溢れるプロの声じゃない。

もっともっと、低い声で。
時々外れる音と、枠からはみ出す歌詞。

お世辞にも上手いとは言えないその歌声を思い出すと、少し笑えた。


そして……涙が零れた。


こんなの、ただの偶然。それ以上の意味なんてないと、分かっている。

だけどあたしには、彼の仕業みたいに、彼がすぐ近くにいるみたいに思えた。

“自分”が分からなくて、空っぽだと嘆くあたしに、笑いながら『あるじゃん』って、教えてくれているような気がした。

だってこの曲は、あたしに唄を歌わせるために、櫻井くんが歌ってくれた曲。