恋を知らない人魚姫。


だけど、あたしの視界の中に、櫻井くん以外の人の姿が映ることはなかった。

残されたのは、パタパタと走り去るみたいな足音と、パタンとドアが閉まる音。

「……」

誰が居たのかまでは分からない。
でもその音は、確かに人がいた証拠。

「あー……逃げた」

言いながら、顔の位置を戻す櫻井くんに、

「愛海だったの……?」

自分でつきとめることの出来なかった答えを、恐る恐る聞いてみた。すると、

「さぁ? 何も見えなかったし」

顔を斜めに傾げて、さらりと言った櫻井くん。

あたしは一度、きょとんと目を丸くした後、

「はっ?」

お腹の底から声を上げた。

見えなかった……って、

「じゃあ何でっ」

あんな風に話しかけたのか。

あれじゃまるで、愛海に言ってるみたいだった。愛海がいるんだと思った。
それなのに……!

気が動転して、上手く言葉が続かない。

そんなあたしを、櫻井くんはクスッと笑って、

「でも、可能性が一番高いのは、愛ちゃんじゃない?」