恋を知らない人魚姫。


「……何って、返却する本持ってきてくれたでしょ? そのままちょっと手伝ってもらってただけだよ?」

あたしはわざと笑顔を作って、普通に振る舞った。


――賭けだった。


はっきり見られていたのなら、そんなの嘘だと問い詰められて、愛海との関係が壊れる可能性もある。

だけど、確信があるわけじゃなくて、ただ少し疑ってしまっているだけなら……ごまかせる。

あたしの行動は、後者に賭けたものだった。


それに対し愛海は、

「本当……?」

ゆっくりと頭を上げて、一言そう聞いてきた。


潤んだようにも見える目、すがるような声に、あたしは思わず息を飲む。

そんなに櫻井くんのことが好きなの……?

思うと、胸が切り裂かれるみたいに鋭く痛んだ。

目を背けたくなるほどに伝わってくる、愛海の気持ち。

だけど……だから。

「うん」

あたしは残酷すぎる嘘をつく。


「良かったぁー」

安心した笑顔を浮かべて、「変なこと言い出してごめんね」と無邪気に謝る愛海の姿に、胸がチクンと痛んだ。