恋を知らない人魚姫。



「じゃあ、教えてあげようか?」


櫻井くんは真面目な表情でそう言って、ゆっくり顔を近付けてきた。


逃げようと思えば、逃げられる余裕はあった。

だけどあたしは、だんだんと縮まる彼との距離に……目を閉じた。



どうして顔を背けなかったんだろう。

どうして素直に別れなかったんだろう。

どうしてここに来てしまったんだろう。


そう全てを後悔するのは、次の瞬間。



唇に柔らかくて温かい感触を感じた……その時、


カシャンッ。


何かが床に落ちた音が響いた。

ビクッとしたあたし達は、直ぐさま音のした方へと顔を向ける。


そこには、床に転がったピンク色のケータイ。

すぐ隣には、白くて細い足。


まさかと思った。
だけど目線を上げ、物音の正体となった人物を見た瞬間、

全身の血の気が引いた。


「……どういうこと?」


切ないくらいに声を震わせ、あたし達の前に立っていたのは……愛海。