恋を知らない人魚姫。


視界の隅に、今度は窓側に貼り付いたカーテンが映る。

次に、キュッと上履きと床の擦れる音。

一歩、二歩と、櫻井くんは近付いて来て……あたしの前に立った。


息苦しい。
目の前の酸素、全部奪われてしまってるんじゃないの?……とか、思うほど。

何で……何も言わないの?

返事してくれなきゃ、次のステップへ進めない。
何を考えて、どんな顔であたしを見ているんだろう。

怒っているのか、それとも……
笑っているのか。

考えてみた時、しっくり来たのは後者だった。


気まずそうにしているあたしを、面白がって笑ってる。


それが、あたしの知っている櫻井くんだった。
あたしの大嫌いな櫻井くんだった。


なのに目の前にいるこの人は、一体誰?



「いいよ」


意を決して顔を上げた瞬間、彼はそう言って……微笑んだ。