恋を知らない人魚姫。




「来週の火曜日までに返却してください」

図書委員のマニュアル通りの言葉。
2冊の本を目の前の女子生徒に手渡しながら、あたしはそれを口にした。


「海憂、ありがとー!」

その女子生徒が出て行って。
顔の前で両手を合わせ、お礼を言ったのは愛海。

「別にいいよ……っていうか、あたしこそ手伝って貰ってる立場だし」

「ううん。もうちょっとちゃんと聞いとくべきだったよー。かなり待たせちゃったもん」

愛海はしゅん……と、少し落ち込んだ様子を見せて。

「でも、怒ってなくて良かったー」

と、安心したように笑った。


……良かった。
さっきの櫻井くんとの様子は、見られていなかったみたい。

いつもと何ら変わらない愛海に、あたしもまたホッと胸を撫で下ろす。


その櫻井くんはというと、あたしの代わりに本の返却をしているようで。

彼の存在さえなければ、あたしと愛海の間に流れる時間は、こんなにも穏やか。