恋を知らない人魚姫。



「嫌なら別れてもいいよ」


顔を近づけたまま、ニコッと笑う櫻井くん。

別れ……る……?

付き合っているという感覚もなくて、思いがけない発言に、全身の力が抜けかける。

でも、

「……嫌。絶対に嫌」

あたしははっきりそう言って、櫻井くんを睨むみたいに真っ直ぐ見た。


「別れたら……愛海と付き合うつもりでしょ?」

「よく分かってんじゃん」

櫻井くんはフッと苦笑して、掴んでいた手を離した。

そして、


「月城さんは、俺のカノジョ……ね」


再びあたしの方へと伸びる、櫻井くんの手。

その長い指先が、あたしの頬に触れようとした瞬間だった。


「海憂っ!」


突然呼ばれた名前。

驚いて顔を向ければ、その声の主は愛海。

櫻井くんは素早く手を離したけど、あたしは凍りついたように固まった。

もしかして……今の、見られた……?

バクバクと尋常じゃないくらいに鳴る鼓動。
最悪の事態が頭の中を過る……けど、

「あのねっ、本を貸りに来た人がいるんだけど、パソコンの使い方分かんなくなっちゃって……。海憂、ちょっと来てくれない?」

愛海は大きな瞳を潤ませて、本当に困った様子でそう言った。