恋を知らない人魚姫。


本を一冊、棚へと戻して振り返ると、

「……」

ニコニコと笑顔を浮かべて、櫻井くんはあたしの後ろに立っていた。


あたしは感情のまま素直に、眉をひそめる。

すると、

「ずいぶん嫌われちゃったみたいだね」

櫻井くんはクククと笑った。

何よ……。

「分かってるなら、ついて来ないでくれますか?」

返事なんていらない。
会話なんてしたくない。

だからそのまま、櫻井くんの隣を早足で通り過ぎようとした。


だけど。


バサッ。

音を立てて落ちたのは、あたしが手にしていた本。

何も持っていなかった方の手首は掴まれて。

「そんな冷たいこと言わないでよ」

目の前で笑うのは、悪魔。

「なっ……!」

あたしは必死に、櫻井くんの手を振り払おうとする。

だけど、想像以上に強い力。

「……っ!」

あたしの体は誘導されるがまま、本棚に背中をぶつけた。

目の前には櫻井くんの顔。