恋を知らない人魚姫。



「愛ちゃんも、おはよ」


あたしの手が愛海の手に触れかけた……その時、耳に届いた櫻井くんの声。

それはあたしじゃなく、愛海に向けられたもので、咄嗟に顔を見ると、

愛海は小さく口を開けて、とても驚いた表情をしていた。

そして、

「お、おはよ……っ!」

少し慌てた様子で、挨拶を返した。


目の前の光景に、愛海の手を掴もうとしていた力が抜ける。

今、ほんの数秒前まで、あんなに苦しそうな顔をしていたのに……どうして?

「じゃあ、また教室で」

「うんっ!」

彼の言葉に頷く愛海は、すごく嬉しそう。

頭がついていかない。
理解出来ない。

答えを求めるみたいに顔を向けると、目を合わせた櫻井くんはフッと静かに笑って……口を小さく動かした。

“としょしつ”

声には出さず、口パクで伝えられたメッセージ。

何を言いたいかは分かるけど、違う。
あたしが今聞きたいのは、そんなことじゃない。

心の中が読めるくせに。
心の中が読めるから?

櫻井くんはあたしの心を乱すだけ乱して、そのまま先に歩いて行った。