恋を知らない人魚姫。


もういい。相手をするだけ損。

何を考えているか分からない人に、これ以上心の内を見られるわけにはいかない。

ましてや相手は櫻井くん。
これ以上、弱味を握られるわけにはいかないから。

だから……。


思っていたよりも、すっかり遅くなってしまった。

早く帰らなきゃ……そう思うのに、どういうわけか、足が動いてくれない。


人通りの少ない静かな路地。

ジャリ、ジャリ……と、近付いて来る足音。

すぐ後ろまで、その音が近付いてきた瞬間、


「……あたし、これでいいのかな」


息を吐くのと同じくらい無意識に、言葉が零れ落ちた。

「愛海と一緒にいたいって、それだけで進路決めて……」

本当にいいの?……って、あたしは何を言ってしまってるんだろう。

だって、後ろにいるのは櫻井くんで。
こんなことを喋って、“馬鹿な奴だ”って、笑われるだけかもしれないのに。

でも、ボロボロと零してしまった言葉は、今更回収なんて出来ない。

それに……後悔していない。

発言を後悔していないあたしが、心の中にいる。