恋を知らない人魚姫。


良い“友達”を無理して演じる、自分が嫌になる。

でもこれは、あたし自身が望んでやったこと。

愛海に喜んで欲しくて、好かれたくて、自分の株を上げるためにやったこと。


櫻井くんに愛海を渡したくないのなら、彼の本性をバラしてしまえばいいのも分かってる。

分かってるのに出来ないのは……愛海に嫌われるのが怖いから。


あたしの世界は恐ろしいほど、愛海を中心として回っている。


またひとつため息をついて、手にした本を棚に戻そうとした時だった。

ポンッ。

肩に何かが当たった感触。

見るとそれは分厚い単行本の小説で。

「っ……!」

差し出していたのは、櫻井くんだった。

驚いたあたしの顔を見て、フッと笑う彼。

その態度にカッとなったあたしは、無言でその本を奪って歩き出した。


わざわざ聞かなくても、返却された本だということは分かる。

用件を無くした櫻井くん。
当然また、愛海のいるカウンターへ戻る……と、思ったのに。