恋を知らない人魚姫。


「……え?」

微かに感じる櫻井くんの指の温もりよりも、言われた言葉の意味の方が気になって、あたしは拒むことも忘れ、ただ彼の顔を見上げる。

元気がなかった……?
誰が?いつから?

特に、そんな素振りを見せた記憶はないし、もともとそんな元気なキャラでもない。

この人、何言ってるの?

一瞬忘れかけた苛立ちが、また再び芽生えて「は?」と、可愛くない返事を零しそうになる。

……だけど。


「進路も、月城さんの悩みの種のひとつでしょ?」


フッ小さな微笑みを落として、続けられた言葉に、あたしは喉まで出かかった返事を飲み込んだ。

生ぬるい風が、髪をさらう。

同時に脳裏には、先生の言葉や必死に勉強する人達、問題集と睨み合う愛海の姿が蘇ってきて--。


体を一本後ろに、櫻井くんから離した。

触れられていた頬に片手をあて、唇を噛む。

……認めない。
他の誰でもなく、自分自身で選んだ進路。それを悩んでいるなんて、あるはずがない。

でも、どうしようもなく騒ついていている、胸の奥。
広がる波紋を起こしたのは、彼の声。


あたしが彼から体を離したのは……

触れられた先から、心の中が伝わってしまいそうな気がしたから。