「海憂、ここ!ここの訳し方が分かんない」

昼下がりのファミレス。
テーブルの上には、広げられた問題集とグラスがふたつ。

「ここは……」

指差された英文に一度目を通して、文章の成り立ちを説明する。

うんうんと頷きながら、メモまで取って真剣に聞く愛海。

「あっ、もしかしてこれ、さっき教えて貰ったのと同じ?」

「そう」

“良く分かったね”と、あたしは微笑んでみせるけど、

「あー、また分かんなかった!もう全然ダメだぁ」

愛海は喜ぶどころか、持っていたペンと肩を落として、両手で顔を覆った。

「ちょっと複雑な所だし、しょうがないよ」

「……でも、海憂はスラスラ解けるもん」

指と指の間から目を覗かせ、恨めしそうにこっちを見る。

あたしには絶対出来ない行動で、子どもみたいで小さく笑った。



夏休み中、こうして何度か愛海と会っているけど、

あの日以来、彼の名前を聞くことはない。