恋を知らない人魚姫。


『思い出した?』

言葉を失うあたしに、櫻井くんが問いかける。
直接聞くのとは少し違って聞こえる、電話越しの声。

あの時もそうだった。……電話だった。

だから、嫌でも鮮明に思い出す、あの約束。


愛海に櫻井くんのことを疑われた、あの日。
あたしは彼に電話をかけて、放課後図書室に呼び出すのをやめて欲しいと頼んだ。

その願いと引き換えに、出された条件。


――じゃあさ一度だけ、俺が呼んだら必ず来るって約束しない?


「ちょっと待ってよ……」

ケータイを持つ手が、声が、震える。

確かにあたしはそれを受け入れたけど……だけど、

「無理な時に呼び出したりしないって、言ったじゃない!」

自分で言いながら、“そうだ!”と思った。

呼び出すのは、常識の範囲内の時間帯。
そう言ってきたのは、彼自身。

「あたし、もう……」

家にいるって言ってしまえば、夜だし諦めてもらえる。

逃げ道を見つけて喜んだのも、つかの間のことだった。