恋を知らない人魚姫。


ケータイのディスプレイに表示された、『櫻井拓也』という名前。

訳が分からなくて、信じられなくて、ただその文字を呆然と見つめる。

するとそこに、

「誰?お母さん?」

ケータイを覗き込むように、愛海が体を近付けて来て、

「えっ、あっ、うん!お母さん!」

あたしは慌ててケータイを閉じた。

「出なくていいの?」

「うん、大したことじゃないから……」

ドクンドクンと、大きく早くなる鼓動。
握りしめたケータイが滑りそうになるほど、手には冷や汗。

早く……早く切れて。
早く切れてよ!

心の中で祈るように思うけど、何の操作もしていないケータイはしつこいほど鳴り続けて。

「出た方がいいんじゃない?」

見かねた愛海が声をかける。

「こんなに着信続くとか、何かあったのかもしれないじゃん。それか……海憂のことを心配してるか」

愛海の言う通り、これがお母さんからの着信なら、さすがにあたしも心配になって、電話に出るかもしれない。

でも、電話をかけてきてるのはお母さんじゃない。

「何かあったの?海憂が出れないなら、あたしが出てあげる」