恋を知らない人魚姫。


もしあたしが魔法を使えたら、今このタイミングで時を止める。

でも、どんなに心の中で願っても、それが叶うはずはなくて……。


ほんの少しの間を置いて、耳元で聞こえたのは、クスッと小さな笑い声。

そして、

「海憂、すっごい汗かいてる」

「えっ?……あっ!?ごめんっ!」

続けられた言葉に、あたしは慌てて体を離した。


陽は落ちたと言えど、今は8月の真夏。

まだまだ高い気温の中、家からここまで走ってきたわけで。

冷静になってみれば、背中や首、額……全身に汗をかいてしまっている。

「ごめんっ、気持ち悪かったよね」

こんな状態で何てことしてんの!?

申し訳なさと恥ずかしさ。ふたつの気持ちが急に襲ってきて、あたしは愛海の顔を見ることもできず、頭を下げる。

すると愛海は、

「ううん、そんなことないよ。そういうわけじゃなくて」

汗ばんだあたしの手を取って、

「急いで来てくれたんだなぁ……って、嬉しくなったの」

赤くなった目を細め、微笑んだ。