恋を知らない人魚姫。


「広い世界……?」

言葉を繰り返し口にして、問いかけたのは愛海。

「そ。愛ちゃんもそう思わない?」

櫻井くんは何かを伝えようとするように、愛海に向かって軽く笑いかけるような仕草を見せる。

すると、

「そう……だね」

愛海は少し躊躇いがちに……だけど、あたしの目を真っ直ぐ見て、頷いた。

たった1度、縦に顔を動かしただけの動作。
別に、あたしの気持ちを拒絶されたわけじゃない。

なのに、胸の奥がギュッと苦しくなる。

やだ……何これ。

ジリジリと込み上げてくる感情。

どんな顔をすればいいか、分からない。

息が詰まりそうになって、思わず目を逸らそうとした……瞬間だった。


「ほら、頑張んなきゃ」

声と一緒にボスッと、何かがあたしの頭を抑えて視界が下がる。

愛海の姿は見えなくなって、次に見えたのはTシャツの裾と、茶色のズボン。

あたしの頭の上に手を乗せて、櫻井くんはあたしと愛海の間に入って来た。