恋を知らない人魚姫。


「……ふふっ」

呆然とするあたしの耳に入って来た、小さな笑い声。

ハッと我に返って顔を動かすと、

「知ってるよ。あたしも海憂のこと大切だもん」

隣に立った愛海がしおらしく笑いながら、櫻井くんに返事した。

大切……。

たったひと言の言葉が、胸の奥を熱くさせる。

――でも。

「それはそれは。じゃあ俺、お邪魔だったかな」

冗談みたいに笑って、歩き出した櫻井くん。
あたしの横を通り過ぎた瞬間、冷たい風がフッと吹き抜けて……。


熱くなりかけた胸の奥が、一瞬にして冷めたくなった。


「邪魔なんて言ってないよー」

あたしの腕からするりと手を解き、くすくすと笑いながら愛海は彼を追う。


傍から見れば、きっと微笑ましい友達同志のやり取り。

だけど、あたしはそんな状況にひとり目を丸くしていた。

だって……目的が分からない。

あたしと愛海を近づけてどうするの?