恋を知らない人魚姫。


夏休みだし、館内は多くの人で賑わっている。
それでも、振り向かずともそれが誰なのか分かった。

浮かべていた笑顔が途端に消える。

そして、気付いた時には振り返ってしまっていた。

それは考えるよりも先に、体が動いた行動。
無視しておけば、ほんの少し長く、愛海との時間が続いたかもしれないのに。

あたしは彼を見た後に、どうして振り返ったりなんかしたんだろうって後悔することになった。


何故なら……櫻井くんは微笑んでいたから。

しかも、あたしと目を合わせた後も、表情は変わらない。


「あっ、たっくん!」

あたしの後に、彼に気付いた愛海が声を上げる。

「ごめんっ!置いて行っちゃってた?」

愛海が少し焦った様子で言うと、

「やっぱり仲良いんだね」

彼は微笑んだまま、言葉を返した。