恋を知らない人魚姫。


「海憂?どうしたの?」

ボーっとするあたしに、振り返って声をかけてきたのは愛海。

愛海はとても不思議そうな顔をしてこっちを見ていて、“危ない”と心の危険信号が鳴る。

「ううん、何でもない」

あたしは軽く笑顔を浮かべ返事すると、ふたりを追って歩き出した。


今、あたしが気にしなきゃならないのは愛海のこと。

愛海に嫉妬させないように、櫻井くんに近づかないようにしなくちゃいけない。

……そう思った矢先だった。

まるで、あたしの心の声が聞こえたみたいに彼が振り返って――。

「っ……」

重なりそうになった視線。
慌てたあたしは咄嗟に、体に斜めがけしたポシェットに手をかけた。

口を開いて手を入れて、何か取り出したいものがあるわけじゃない。
ただ櫻井くんと目を合わせないために取った行動。

目についたケータイを手に取りつつ、さりげなく前方を確認すると……彼の顔はもうこっちを向いていなかった。