恋を知らない人魚姫。


櫻井くんのことで、愛海に羨ましがられることなんて何ひとつない。

何ひとつない……はずなのに、あたしの体は正直で。

ドクンドクンとうるさい鼓動が、本当はやましいことを自覚させる。

もしかして何か感づかれた……?

鏡を通して、あたしと目を合わせた愛海。
口を開こうとして、閉じて、また開く。

何か言うのを躊躇う姿に、嫌な予感がして唾を飲みこむ。

だけど。


「海憂は櫻井くんに……今日も可愛いって言われた」


化粧室に響いた、愛海の小さな声。

可愛いって言われた……?

何のことだかピンと来なくて、一度キョトンとする。
そして少し考えてみてやっと、待ち合わせた時のことだって思い出した。

それほどに、あたしの記憶の中では薄い櫻井くんの言葉。

確かにそんなことを言われたけど……、

「それは愛海も言われてたことじゃん」