恋を知らない人魚姫。



駅ビル内の化粧室。

休日だから混んでいることを予想したけど、タイミングが良かったのか並んでいるような人はいない。

あたしの前を真っ直ぐ歩いていた愛海は、手洗い場に並ぶ大きな鏡の前で、ピタッと足を止めた。

そして、

「みうーっ」

くるっとこっちに向き直った愛海。
あたしの両腕を掴んで名前を呼んだその顔は、今にも泣き出しそう。

「何、どうしたの?」

あたしもまた愛海の体を支えようと、掴んできた両腕に手を添える。

やっぱり体調悪かった……?

そう思ったあたしは、慌てて愛海の顔を覗き込むように自分の顔を近付けた。

だけど、


「すっごい緊張するっ」


顔を真っ赤に染めて、真っ直ぐ伝えてきた愛海の言葉は、想像していたものとは違うもの。

「……え?」

抱いた気持ちのままに疑問の声を出すと、

「有り得ないくらい緊張してるのっ」

愛海はもう一度、訴えるようにあたしに言った。