恋を知らない人魚姫。


あたしの髪を微かに揺らした櫻井くんの声。

慌てて彼に目を向けると、近付けられた顔は既に離されていて。

「じゃあ俺、そろそろ本当に帰るわ」

あたしと目を合わせた彼は、軽く微笑んで言った。

「えっ……」

「何、まだ言いたいことあんの?」

「いや、そういうわけじゃなくて……」

やっと発することが出来た声は、反射的なもの。
自分でも何が言いたいのか分からなくて、しどろもどろはっきりしない返事になる。

そんなあたしを櫻井くんはフッと笑って、

「今度また歌って聴かせてよ。……あ、水族館行った後にカラオケなんかどう?」

いつもの完璧な笑顔で口にしたのは、ふざけていることが分かりきった提案。

「っ……絶対嫌!」

あたしが全力で断わると、櫻井くんは面白おかしそうに笑って、「楽しみにしてるから」と背を向けた。