恋を知らない人魚姫。



午後7時過ぎ。
まだ少し明るい道を俯いて歩く。

先生の態度にはイラッとするものがあったけど、おかげであの気まずい状況から逃れることが出来た。
助かった……と、思ったのだけど。

ゆっくりと顔を上げる。
すると、あたしの前を歩く大きな背中。

白いカッターシャツに紺色のチェックのズボン。
うちの制服を着たその人は……櫻井くん。

彼の家の方向はこっちではない。
なのに、あたしの前を歩いているこの状況は、彼があたしを送ってくれている……っていうこと。

もちろん断った。
だけど、彼に弱みを握られているあたし。
“付き合ってる”っていう状況も含め、強要されてしまえば拒否なんて出来る立場ではなかった。


数歩ぶんの距離を保ちながら、彼の後ろ姿をじっと見つめる。

送るって言い出した時は、“絶対からかうつもりだ”って思ったけど……学校を出てから彼は何も言ってこない。

時々道を聞いてくるくらいで、後はただあたしの前を歩くだけ。