恋を知らない人魚姫。


いつもの上辺だけの笑顔とは違う。

何で……どうしてそんな顔するの?

目的の分からない表情。
恐怖にも似たものを感じて、あたしは一歩後ずさる……けど、

「ごめん。本当は話しかけるつもりはなかったんだ。でも……」

櫻井くんは一歩ぶんの距離を縮めて、あたしの方へと手を伸ばした。

ゆっくりと近付いてくる彼の指先。
それがあたしの頬に微かに触れた……その瞬間、

「月城さん、まだいたの?」

突如、教室内に響いた第三者の声。

ビクッとして聞こえた方を見ると、さっきまで一緒だった担任の先生が、反対側の扉の前に立っていた。

「あなた……」

あたしと目を合わせた先生は、櫻井くんの姿を見て、少し驚いた顔をする。

でも、すぐにキツい顔つきになって、

「鍵閉めるから早く帰りなさい」

叱るように短く、そう言った。