恋を知らない人魚姫。


こんな場所で歌い始めるなんて、どうかしてる。

でも、壊したくなった。

余計な想像、静かな空間、何もかも全部――。



誰に邪魔されることもなく続いた、あたしの歌声。

やっと口を閉じたのは、一曲全てを歌い終えた後だった。


目をしっかり開いて前を見れば、広がるのは何も変わらない現実。

誰もいない薄暗い教室に、小さく息切れした呼吸が響く。


放っておけば、また再び静寂が訪れる……はずだった。

だけど、


パチパチパチ……。


「っ!?」

突然鳴り響いた、手を叩く音。

聞こえたのは背中の方で、あたしはすぐさま振り返る。

するとそこにいたのは、


櫻井くん――。


「歌、上手いじゃん」

彼は教室の扉に背中を預け、あたしに向かって拍手していた。