「え……海憂……?」


図書室に入って来たひとりの女の子。
その子はあたしの名前を呼んで、目を真ん丸にした。

“海憂”と名前で呼んでくれる人は、この学校にはひとりしかいない。

扉を背にして立ちすくむ女の子は、愛海――。


「えっと、何で海憂がここにいるの……?」

あたしの目を見ず、少し下を向いて問いかける愛海。
頑張って笑顔を作ろうとしているけど、その顔は引きつっていて、声は絞り出したみたいに震えてる。

何で……って。

ドクンドクンと、少しずつ早く大きくなる胸の鼓動。

全く予想していなかった状況に、上手い言い訳が出て来ない。

助けを求めるみたいに櫻井くんに目を向けると、目が合った櫻井くんは……、


あたしに向かって、にこっと笑った。


なっ……!

彼の表情に、目を見開いて驚くあたし。
でもそれは、あたしだけじゃなかった。

「っ……!!」

声にならない息が切れる音が聞こえて、反射的に愛海を見ると、
愛海は背を向けて図書室を飛び出した。