でも、愛海は自分のことに精一杯って感じで、あたしの異変には気付かない。

「えっとね、同じクラスの櫻井くんっていう人なんだけど……」

知らない。
“櫻井くん”っていう人も、

「すごく良い人なんだよ、おまけにすごくカッコイイし」

誰かのことを恥ずかしそうに、でも嬉しそうに話す愛海も。

あたしは知らない。


「そう……なんだ」

「うん!……あ、このことは秘密ね? 誰にも言ってないから」

愛海は片手の人差し指を立て、口元に当てる。

その仕種が、可愛らしくて……憎い。

「海憂は親友だから、特別」

「……」

そんな“特別”なんていらない。

いきなりの出来事に困惑して、思わず口にしそうになった。

だけど、喉まで出かかったところで止める。


「……分かった。ありがとう」

薄ら笑いで返事するのが、やっとだった。