ラスト・ジョーカー





 たまらず、エルは駆け出した。


「ゼン!」



 森に、甲高い悲鳴のような声が響きわたる。

木の枝や葉がエルの肌に小さな切り傷を無数に作っていくが、そんなものはどうでもよかった。

どうせついた傷ははしから治っていくのだ。



「ゼン! いるなら……生きているなら、返事をして! ゼン!」



 応える声は返らない。それでもエルは、目指す場所もわからないままがむしゃらに森の中を走った。



 ゼンの名を呼びながら、走って、走って。


肺が痛くなり、膝が震えだした頃、ふいに足がなにかに引っかかってエルは転んだ。



 視線を巡らせると、地上に張り出した木の根が足元に見えて、それにつまづいたのだと悟る。


エルはすぐに起き上がろうとして――しかし、足が震えてできなくなっていた。



「どこに行ったの、ゼン……」



 地面に伏せたままのエルが、震える声で呟いた。


ぽたり、ぽたりと雫が落ちて、すぐ目の前の土を湿らせる。




 一度泣き出してしまうと、もうだめだった。


後から後から涙があふれて、手足から起き上がる力を奪っていく。



「……っ、どこに、いるのよぉ!」



 絞りだした自分の声があきらかに湿っていて、それがさらにエルを滅入らせた。