ウォルターが突然、ハンドルを大きく切った。


車体がぐらりと傾いで、軌道が右に逸れる。


それが派手な音を立てて横転するとき、エルはとっさに窓を蹴破って、そこから車を飛びだした。



 道路に着地して辺りを見渡し、エルは唖然とした。


エルが乗っていた車の周囲には、なにもなかった。


道路と、損壊した黒い車、それだけだ。


車道の外には無機質なビル群と、遠巻きに眺める通行人たち。


別の車が突っ込んできたわけでも、人が車道に飛び出してきたわけでもない。


事故の原因が全く見当たらなかった。





 とにかくウォルターを助けなければ、と思いたって、エルは倒れた車に駆けよった。


そのとき、通行人の群れの中から人影が躍り出た。




 すこしだぼっとした黒いパーカーが、まず最初に目に入った。


これもまただぼっとしたミリタリーカラーのカーゴパンツに、擦り切れてボロボロのスニーカーを履いている。


腰には剣帯やウエストバッグがぐるぐると巻きつき、短剣がぶら下がっている。



 年の頃は十六、七だろうか。


エルの海色の右目よりも幾分か緑がかった、深い色の瞳だ。


そして珍しい髪色をしていた。


見世物小屋でいろんな髪色の人間に会ってきたエルでも見たことのない、灰色がかった白い髪だ。


頭に被ったフライトキャップのせいでわかりにくいが、よく見るとすこし癖がある髪質のようだ。



 少年はエルの方へ駆け寄ると、エルを軽々と肩に担ぎあげて、通りすがりのトラックの荷台に跳び乗った。


エルが抵抗する間もなかった。