ちょうどそのとき、食堂のドアが開いて麻由良が現れた。
反射的にエルは立ち上がり、麻由良が手に持った子供服を受け取ると、それに顔をうずめた。
誰もが固唾を飲んで、じっとエルを見つめた。
数秒の沈黙が、その場にいる誰にとっても、ひどく長く感じられた。
ふいに、エルが顔を上げた。そしてそのまま一言も話さずに走り出す。
一同も慌ててエルを追いかけた。
食堂を出て宿を出て、一度大きく跳躍すると、一瞬の後にはエルは宿の屋根の上にいた。
三階建ての宿の屋根上に立って、エルは目を閉じて息を大きく吸った。
誰も、なにも言わずにそれを見つめた。
エルは目を閉じたまま、首を四方にめぐらせていく。
その動きがふいに止まると、エルは目を開けて、まっすぐに一点を指差した。
全員が一斉にエルの示す方を見た。
そこに見えるのは、エリア〈ハナブサ〉の東端にある森に囲まれた古びた塔だ。
昔は日本の首都のシンボルとして有名だった塔らしいが、〈裁きの十日間〉の後にはボロボロのまま捨て置かれ、
今ではいつ倒壊するかわからないからと誰も近づこうとしない、赤い塔。
「ミオちゃんは、あそこにいる。あの塔の上に」
エルが言うと、すぐさま麻由良が隊商の一同に命じた。



