他にどうしようもなく、エルは男にズルズルと引きずられていく。
(やだ、助けて……!)
目に涙を溜めて宿屋を振り返った――そのとき。
宿屋の扉が開いて、中からアレンが顔を出した。
「あれぇ? エルちゃんさん、そのおっさんなに?」
いつ聞いてものんきなその声が、これほどありがたかったことはない。
その声に反応して、男が足を止めた。
エルが助けを求めるより早く、ゼンはアレンを押しのけてつかつかとエルのもとへ来ると、エルの手をつかんで男と引き離した。
「なんだ、てめぇは!」
怒鳴る男を無視して、ゼンはそのままエルを連れて宿に戻ろうとする。
しかし男はそれを許さず、ゼンの肩をつかんでむりやりに振り向かせた。
「なんだって訊いてんだ!」
「名乗る必要を感じないな。……アレン、こいつ預かってろ」
言って、ゼンはエルを突き飛ばす。
え? と思ったときには、エルはアレンに抱きとめられていた。
「なめやがって、このクソガキがッ!」
男が怒鳴って、拳を振り上げた。
エルが叫ぶ間もなく、男の腕が振り下ろされる。
エルにはその動作が、ひどくゆっくりに見えた。



