ラスト・ジョーカー




「言わせておけば、こいつ……っ!」



 ギリギリと音がするほど歯を軋ませて、ガランは空いているほうの腕を振り上げた。


だがその腕が振り下ろされるよりも早く、野営地に一つの声が響く。



「ガラン、やめなさい」



 低く、深く、耳に心地よい女の声。



 野営地は水を打ったように静かになった。


ガランも時間が止まったように振り上げた腕を止めて、頭だけを声のしたほうへ向ける。



 野営地の奥から現れたのは三十代前半くらいの綺麗な女だった。


四、五歳ほどの女の子を連れて、ゆったりと歩いてくる。


親子なのだろうか、二人ともワインレッドの髪と目の色をしている。



「その手を放しなさい、ガラン」



 女が静かに言うと、ガランは意外にもおとなしくゼンを放した。


そして不機嫌そうな顔ながら女の後ろへ引っ込んでいく。


反対に女はゼンの前に進み出て、「身内がとんだ失礼をした。すまない」と困ったように笑った。



 それから表情を引き締めると、

「はじめまして、私は隊商長の麻由良という。こっちは娘のミオだ」

 と、名乗った。



 ゼンはそれを聞いて、驚いたように目を見張る。



「ずいぶんとお若いですね」



 麻由良は細い首をふるふると振った。腰まである長い髪がそれに合わせて揺れる。