二人を見送ると、エルマは別の荷馬車に入っていった。


旅の途中で仕入れた珍しいものや特産物を積んだ荷馬車だ。

そういうものを他国の商人に売ることも、アルの民の生業の一つだ。



 しかし、エルマがその荷馬車に入っていったのは、なにも売り物に用があったからではない。



 いるかな、と思って荷馬車を覗くと、やはりいた。



「じい様」



 呼ばれて、荷馬車のなかで弓の手入れをしていた齢六十ほどの男が顔をあげた。



 じい様と呼ばれたこの男は、エルマの養父にして、アルの民先代族長、カームだ。


昔は弓矢と槍の達人であり、エルマに弓矢を、カルに短槍を教えた人物でもある。



 カームは若かりし頃には剛勇と名を馳せたが、今は老い、赤子のときに拾って自分の娘として育ててきたエルマに族長の座を譲り、気ままな隠居生活をおくっていた。



「エルマか」



 カームは少し微笑むと、弓の手入れを再開した。


すでに隠居した身であるカームは、昼間一族から離れて狩りをしたり、貴人の護衛をするアルの若者たちのかわりに、武器などの手入れをして過ごすことが多い。


今修理をしているのはエルマの弓だ。

今朝、弦を張り直してほしいとエルマが頼んだ。



「明日の交渉、メオラも連れて行くことにしました」



 カームのそばに座って、エルマが用件を口にした。



「ほう。それは、メオラの希望でか」



「はい」答えて、エルマは苦笑した。



「いつも置いていかれることが、不服だったようで。カルに嫉妬したようです」



 それを聞くとカームは「メオラはおまえが好きだからなぁ」と言って、しばらく豪快に笑うと、



「おまえとカルがいるから、心配はせん。連れていけ!」