それからふと兵舎の一角を見上げて、

「ところで、君を負かしたっていうのは誰のこと?」

 と訊いた。


カルはリヒターの視線を追う。

そこはたしか、副隊長であるフシルの部屋だ。



「あんたのご想像通りだよ。……バケモンだろ、あの女」



 悔しげに顔を歪めて、カルは言う。

それを見たリヒターがくすりと笑って、カルの顔を覗き込んだ。



「女に負かされて悔しかったかい?」


「うるせえ!」


「彼女、強いよね。元アルの民なんだよ。知ってた?」


「ああ、王城に来たその日に聞いた。……ついでに、王位継承問題についても聞かされた」



 カルがその「問題」を知っていることは、リヒターも知っていた。

なにしろフシルを通じてそのことをカルに知らせたのは、他でもないリヒターだ。



「……よかったのかよ。俺みたいな部外者にそんなこと話して」



 カルが急に真剣な声音になって言った。



 彼は危惧しているのだろう。

自分やエルマが「知りすぎてしまう」ことを。

そうなったがゆえに、王家が情報の漏洩を恐れてエルマを簡単には手放せなくなってしまうことを。