立場の違いや忠誠心が邪魔して勝負を挑めない、ということか。

エルマは納得して、「そうか」と言うと、席を立った。



 フシルが扉を開けたとき、誰もいないものと思っていた外には、黒髪の青年が立っていて、エルマは一瞬どきりとした。



「ああ、カルか。出迎えご苦労」


 とくに驚いた様子もなく、フシルは言う。



 エルマはフシルに向きなおって、

「では、わたしはこれで。いろいろと教えてくれてありがとう」

 と言って、一礼した。



 フシルは首を振って微笑む。



「とんでもない。ルドリア様とお話ができて光栄でした」



 エルマはそれに笑い返すと、「では、また」と言って、カルを引き連れ歩きだす。

しかし、数歩も行かないうちに、フシルに「エルマ様」と呼び止められた。



 エルマが振り向くと、フシルはどこか悲しげで、硬い表情をしていた。



「アルの民は、たとえわたしが一族を抜けてから何年も経ったとしても、たとえ一族の長がわたしのいた頃と変わったとしても、わたしにとっては故郷のようなもの。

わたしは立場上はリヒター王子側の人間ですが、もしも今後エルマ様に危険が及ぶようなことがあれば、身を呈してでもお守りします」



 静かに、しかし強い口調で、フシルは言う。

エルマはそれに頷き、「ありがとう」とだけ言って、また歩きだした。



(身を呈して守る、ね……)



 それは違う、と、エルマは思う。

もう一族を抜けたとはいえ、彼女はもともとアルの民だ。

守られるべきは民である彼女であって、自分ではない。

守るのは、長の役目だ。



 やや後方をついてくるカルだけに聞こえるように、小声で「彼女が身を呈してわたしを守るような事態にはしないように、十分気をつけないとな」と、苦笑まじりに言った。



 カルは「おう! 任せとけ!」と言って、からからと笑う。



 カルの任せとけはいまいち信用ならないんだよなあ、と苦笑しながら、エルマは居館を目指して歩いた。