*第一章 〈アルの民〉のエルマ 1*


 藪の中から矢をキリキリと引き絞った。



 狙うは二十歩ほど先にある小川の対岸、そこで水を飲んでいる雄鹿。



 この地域は都市が発達しているせいか、今朝この「セナの森」に入ってからというもの、夕食にできそうな大きめの野生動物に遭ったのは、これでやっと三度目だ。


一度目の雄鹿には逃げられ、二度目の雌猪はすべてお昼にみんなが食べてしまった。


鹿の角はそこそこ高値で売れるし、一族の蓄えはもうすぐ尽きようとしている。


あれを逃がすわけにはいかない。



 なるべく気配を感じさせないように、慎重に狙いを定める。



 そして矢を放つ。――手ごたえはあった。



 雄鹿は腹に刺さった矢に驚き、その痛みに暴れだしたが、とたんに横ざまに倒れてしまった。


近づく少女を視界に捉えて、起きあがろうともがくも、すぐに動かなくなる。



 少女はそんな雄鹿の隣にしゃがみこんで目を閉じ、自分を見つめる雄鹿の背を一度撫でた。



「大地の神の御元から離れるあなたの、天の神の御元へ昇る旅が、どうか安全でありますように」