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「まずは、先月王城で起きたことについて、話さなくちゃならない。エルマはまだ聞いていないんだよね?」



 天幕の中に置かれた粗末な椅子に座ると、リヒターが開口一番にそう言った。



「はい」と、エルマは応じる。



「僕の兄であるラシェル殿下と、ルイーネのルドリア姫の婚姻の話は君たちも知っているだろう。

婚礼の儀を一ヶ月後に控えた先月の暮れに、ルドリア姫がシュロス城に来たというのも。

そのルドリア姫が――ここから先は城内でも限られた者しか知らないから、内密にしてもらいたいんだけど――そのルドリア姫が、シュロス城に到着したその次の晩に、失踪したんだ」



「失踪!?」


 メオラが声を上げた。

エルマもラグも、大きく目を見開いていた。

動じていないように見えるのは、カームだけだ。



「侍女が朝、寝室に茶を届けに行ったときには、もぬけの殻だったそうだ。寝具はその時すでに冷たく、荷物を持ち去った形跡はなかった。もちろん城中をくまなく探したが、見つからなかった」


「誘拐……でしょうか」



 ラグが言った。が、リヒターは首を横に振った。



「わからない。その可能性は十分にあるが、誘拐だとしても、その後五日が経っているが犯人からの要求のようなものは来ていない。

証拠がなく、侵入経路もまったくわからない。

本人による逃亡だとしても、荷物もなにも持って行かなかったのは不自然だし、武に長けているわけでもない姫が、どうやって警護の目をかいくぐって城の外に出られたのかも謎だ。

それに、ルイーネの首都カルテラにいる密偵に調べさせたが、カルテラ城に姫は帰ってきていないそうだ。

姫が他に行くあてがあるのかどうかも、わからない。

現在イスラ半島中を探させているが、なにしろ手駒が少ない。

まさか、すべての兵にルドリア姫失踪の件を話して探させるわけにもいかないからね」