すると今度は大人の足音が聞こえてきて、それがピタリと止まると、男の視界に壮年の男の顔がうつった。

壮年の男はしゃがんで男の全身をざっと見ると、

「これはひどい…」

 と顔をしかめた。



「おい、まだ生きてるのか。すぐに治療を!」


 壮年の男はそばにいた誰かに命じようと右手を挙げたが、

男はその手を強く掴んだ。自分にまだこれほどの力が残っていたことに驚いた。



「…やめな。この、ご時世だ。薬はたけぇ、だろ。こんなとこで、無駄使い、すんじゃねぇや」



 息を切らしながら、とぎれとぎれに吐き出した言葉に、壮年の男は挙げた右手を力なく下ろした。

男がもう助からないであろうことは、彼にもわかっていた。



「それより、なあ、あんた、アルの民か」


「そうだ。アルの民の長、カームという」


 その答えが嬉しくて、男は笑った。

と言っても、右の頬を少しひくつかせただけだが。



 男が戦地に赴く前、城で軍事訓練をうけていたころ、アルの民のカームはその強さから、兵士の間で人気の的だったのだ。

カームはどの国にも属さない流浪の民であるアルを率いて、行く先々の闘技大会で優勝をおさめてきた。

それはカームにとっては生活費を稼ぐために他ならなかったが、彼の噂は大陸中にひろまり、兵士や傭兵、または子供の憧れの的となっていた。