「なにもすごくない。結局、どちらの国の王も民も、心の底では和平を望んでいた。放っておいても、いずれは近いうちに和平条約が結ばれただろう。わたしはその手助けをしただけだ」



 それから、リヒターのもうひとつの願いを叶えたかっただけだ。


それが、救えなかった彼へしてやれる唯一の最善だったから。



 これで、するべきことは全て遂げた。


エルマは深く息を吸って、そっと目を閉じる。


まるで歓声を全身で感じるように。



 ルドリアとして王宮で暮らすようになって、もうどれほどになるだろうか。


そう考えて空を見上げると、晩夏の日の光がまっすぐにエルマを照らしていた。


エルマがシュタインの王宮で暮らして色々なことがあったが、それがすべてひとつの季節の間のことだったのかと今更のように気づいた。



 鳴り止まぬ歓声と、その中に溶けて消えた小さな安堵のため息と共に、偽王女の戦いは終わった。



 もうルドリアの代わりは必要ない。

――やっと、アルへ帰ることができる。



 そっと、首から下げた鹿角の首飾りを握りしめる。


そんなエルマの背を、ラグは労わるように軽く叩いた。



「――帰ろう、エルマ」



 懐かしいアルの皆の元へ。



 ラグの言葉に頷いて、エルマは小さく笑った。