長い沈黙が流れて、やがてエルマが呟くように言った。



「条件がある」


「どんな」


 間髪入れずに、ラシェルが訊いた。



「一つは、アルの民へ夏市の営業許可証を発行すること。

もう一つは、アルの民がこの国に入るときに税をかけないこと。

二つとも、今年一年やこの先数年のことでなく、この国がある限り、という条件でだ」



「ほう」ラシェルは感心したように目を軽く見開いた。



「この期に及んでまだ民の心配か」



 応えるエルマの目は、どこか遠くを見るようだった。

まるで、帰れない一族を思うような。



「殿下も民を守るべき者ならば、おわかりでしょう。この条件をわたしが出すことは、予想していたはずだ。そうでしょう、イロ殿?」


「はい」



 呼ばれたイロが立ち上がって、エルマの前まで歩いてきた。

手には丸めた羊皮紙を持っている。



 イロはエルマの二歩手前で立ち止まると、城門の外でそうしたように、床に片膝をついた。

そして頭を深々と下げて、広げた羊皮紙を恭しく差し出した。



――その礼は、王族に対するもの。

エルマをルドリア姫と扱っての礼だった。



 エルマはその羊皮紙を手に取ると書面に目を通し、「たしかに頂いた」と低く言った。

しまう場所もないので、エルマはそれを丸めて手に持つ。



「必ず城に帰ってくると約束するなら、その営業許可証を持って、一度アルの元へ帰るといい。別れを言うくらいの時間はくれてやろう」



 ラシェルの言葉に、エルマはただ、頷いた。

メオラがふと視線を下げると、羊皮紙を挟んだエルマの親指が、力を込めすぎて白くなっているのが見えた。